半懂

印光法师文钞

群書治要三六〇(3-316)

316.子張問政於孔子曰:「何如斯可以從政矣?」子曰:「尊五美,屏(bǐng)①四惡,斯可以從政矣。」子張曰:「何謂五美?」子曰:「君子惠而不費,勞而不怨,欲而不貪②,泰而不驕,威而不猛。」子張曰:「何謂惠而不費?」子曰:「因人所利而利之,不亦惠而不費乎?擇可勞而勞之,又誰怨?欲仁而得仁,又焉貪?君子無眾寡,無小大,無敢慢,斯不亦泰而不驕乎?君子正其衣冠,尊其瞻視,儼然人望而畏之,斯不亦威而不猛乎?」子張曰:「何謂四惡?」子曰:「不教而殺,謂之虐;不戒視成③,謂之暴;慢令致期④,謂之賊;猶之與⑤人也,出納之吝⑥,謂之有司⑦。」(卷九 論語

【注釈】
①屏:除去,排除,摒棄。②欲而不貪:下文云「欲仁而得仁,又焉貪?」可知此「欲」字是指欲仁欲義而言。南朝梁代皇侃《論語義疏》云:「欲仁義者為廉,欲財色者為貪。」③視成:謂責其成功。④致期:南宋朱熹先生認為即「刻期」,指嚴格限定日期。刻,通「剋」。⑤與:給予。⑥出納之吝:捨不得拿出去,出手小氣。此處「出納」一詞只有「出」的含義,沒有「納」的含義。俞樾先生《群經平議》云:「此自言出之吝耳,納則何吝之有?因出納為人之恒言,故言出而並及納。」⑦有司:本是官吏的通稱,這裡指庫吏之類的小官,他們在財務出入時都要精確算計、嚴加盤查。從政的人如果這樣,就顯得吝嗇刻薄而小家子氣了。皇侃《論語義疏》:「有司,猶庫吏之屬。人君若物與人而吝,即與庫吏無異。」

【白話】
子張向孔子請教為政之道說:「怎樣才可以從事政治呢?」孔子說:「要尊崇五種美事,屏除四種惡事,這就可以從政了。」子張問:「什麼是五種美事?」孔子說:「君子為政,給人民恩惠而不耗費財力,勞役人民而不招民怨,有欲(欲仁欲義)而非自私之貪欲,心中安泰而不驕傲,有威儀而不凶猛。」子張又問:「怎樣才算給人民恩惠而不耗費財力?」孔子說:「就著人民可以得利之處,制定適當的政策來利民,這不就是惠民而不耗費財力嗎?需用民間勞力時,選擇可以勞動的(時間、情況和人民)去勞動他們,又有誰會怨呢?欲行仁政即行,便能得仁,又有什麼貪可言呢?君子待人,無論多數少數,也不論是大人物小人物,都不敢怠慢,這不就是心中安泰而不驕傲嗎?君子端正其衣冠,自尊其瞻視儀容,令人望之儼然而生敬畏,這不就是有威儀而不凶猛嗎?」子張說:「什麼是四種惡政?」孔子說:「為政不先教民,民眾犯罪就殺,這叫做虐;為政不在事先一再地告誡,而立刻就要看到成果,這就是暴;政令發布很慢,限期完成卻是緊急而刻不容緩,這就是賊害民眾;散發財物給人民,到發放時卻顯得吝嗇,這就叫小吏氣量。」

【日本語訳】
子張は政事を執り行う方法について、孔子に尋ねました。「どうのようにすれば、政治に従事することができましょうか?」孔子は言いました。「五つの良いことを尊い、四つの悪事を排除すれば、政治に従事できましょう?」子張はさらに尋ねました。「何が五つの良いことでしょうか?」孔子は答えました。「君子が政事を執り行う時は、相手に金銭ではなく恩恵を与えているので、民を使役しても、民から恨まれません。すなわち、欲があっても(仁義のための欲であり、)私利を貪ろうとする貪欲ではありません。心が驕ることなく安らいでいるため、凶暴に怒らなくても、自然に威厳が備わります。」子張はまた尋ねました。「どのようにすれば、金銭を使わずに、民に恩恵を与えるのだと言えましょうか?」孔子は答えました。「民が利益を得られそうなことに従って、適当な制度で人々の便利を図れば、金銭を使わずにして恩恵を与えているのではありませんか。民間の労力が必要な時は、(時間や状態が)労働に適した人を選べば、誰が文句を言いましょうか。もし仁政を行いたいと思って実行できたら、仁愛の精神を得られるだけではなく、貪欲になることもないでしょう。君子は人に接する時、相手の人数や地位に係わらずに怠慢しないが、これこそ心の中が驕らずに安らいでいることの証明ではありませんか。君子はその衣服と冠を正して、人から見られる自分の儀容に気を使います。そのようにすると、人々は君子を見ただけで自然に畏まって尊敬するようになり、これこそ凶暴に怒らなくても、自然に威厳が備わることです。」子張は言いました。「四つの悪政とは何でしょうか?」孔子は言いました。「政事を執り行う時、先に民を教育していなかったのに、民が罪を犯せばすぐに殺してしまうのは、残虐だと言えます。新しい制度を実行する時、先に繰り返し宣伝して広まらなかったのに、すぐに目に見える成果が欲しいのは、暴虐だと言えます。政令の頒布が遅いのに、完成する期限は短く、一刻の猶予も許さないのは、民を騙して害を及ぼすようなものです。財物を民に分配すると言いながら、いざ分配する時は吝嗇しているのは、官位の低い官吏程度の気前しかないと言えます。」

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