半懂

印光法师文钞

群書治要三六〇(3-354)

354.仁者在位,而仁人來;義者在朝,而義士至。是以墨子之門多勇士,仲尼之門多道德,文王之朝多賢良,秦王之庭多不詳。故善者必有所主而至,惡者必有所因而來。夫善惡不空作,禍福不濫生,唯心之所向,志之所行而已矣。(卷四十 新語)

【白話】
仁者在朝廷執政,就能感召仁者前來;義士在朝廷執政,就會感召義士前來。所以墨子的門下多勇士,孔子的門下多道德之人,文王的朝中多賢良之臣,秦王的朝堂多不善之人。所以善人到來必有其原因,惡人到來也必有其緣由。善惡不會憑空發生,禍福不會隨便到來,都是人們心靈所趨向和意志所實行的結果而已。

【日本語訳】
仁者が王位に座していると、情け深い心の人たちも朝廷に集まってきます。義者が朝廷にいると、義をかたく守る人たちも集まってきます。そのために、墨子の門下には勇士が多く、孔子の門下には道徳のある者が多いです。また、文王の治世には多くの賢明にして善良な臣下がいたが、秦王の時には不善な者が多くいました。ゆえに、善人がやってくるのには必ず原因があるが、悪人がやってくるのにも必ず理由があります。善悪は何の理由もなく降って湧いたようなものではなく、禍福も勝手にやってきません。全ては人々の心の赴くままに、そして人々の意志が実行された結果にしかすぎません。

>> 群書治要三六〇 #明辨 #因果