半懂

印光法师文钞

群書治要三六〇(4-130)

130.聖人在上,民化如神,情以先之也。動於上,不應於下者,情令殊也。三月嬰兒,未知利害,而慈母之憂。喩焉者,情也。故言之用者小,不言之用者大矣。夫信,君子之言也;忠,君子之意也。忠信形於內,感動應乎外,賢聖之化也。(卷三十五 文子・道德)

【白話】
聖人居於高位,百姓受教而變化神速,這是先用真情來感動的緣故。當上位者發動政令,而得不到下面臣民的響應,這是因為政令與臣民的心願不相同。出生才三個月的嬰兒,不知道什麼叫形勢的便利與險要,而慈母的關愛卻能使他明白,這就是母愛的真情深厚所致。所以言語說教所產生的效用是較小,不用言語來說教的效用較大。信,就是君子的言語;忠,就是君子的胸懷。忠與信發自於自性,百姓感應而行動於外,這就是聖賢的教化。

【日本語訳】
聖人が民を教化できたのは高い地位にいるためではなく、真心を込めて民を感動させたからです。施政者と民の心が通い合わさないと、民からの支持は得られません。生まれてすぐの赤子には情勢の良さも厳しさも分からないが、優しい母親の愛を持ってすれば、赤子も分かるようになります。母親の愛情が実に深い本物だからです。そのため、言葉を尽くすよりは、身をもって見本を示した方が効果的です。信用とは君子の言葉です。忠誠とは君子の心の広さです。忠も信も心から発せられたら、民は感動されて付き従い、これこそが聖人賢人たちの教化です。

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