半懂

印光法师文钞

#法古 の検索結果:

群書治要三六〇(4-250)

…々の好き嫌いはそう変わらないでしょう。愚見になるが、早いうちに諸侯国についての国家大計を打ち立てるべきです。それでも、人々がそれを受け入れるのに十年あまりの時間はかかり、それから諸侯国の君臣はようやくその地位に落ち着き、自分の仕事に栄耀を感じて上下互いに助け合い、最終的に王室を補佐する効果が得られましょう。今のままでは、ただ国庫の蓄えを消耗し、糧食や布などの物資をむやみに無駄にしているだけであり、国や国土を守るのに何の役にも立ちません。」 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(4-249)

…国の諸侯の援助を得て、漢王朝であった劉一族の治世は安定できました。その後、七国が反乱した時も、梁王(劉武)が朝廷を守ったので、何とかこの禍の逃れたのです。しかしながら、それからの諸侯は力と威勢を朝廷から削がれて取り上げられたので、わずかな国税だけが彼らの生計を支えていました。ある者は牛車しか乗れなくなるほど貧しくなりました。だからこそ、王莽は朝廷を牛耳られるようになり、謀反の計略を実現し、天下を崩壊させて人々を奈落の底に落とせたのです。」 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(4-248)

…の情勢を論ずるのに長けている者は、必ず古人のやり方から検証を得ています。唐堯や虞舜以前の文献はあまり残っていないので、その時のことをうかがい知るのは難しいです。しかしながら、夏、商、周これら三つの王朝は、帝王たちが立派な徳行を打ち立てながら、王室の中の素晴らしい人材で諸侯国を作り、国家の大いなる事業を引き継がせて、中央である朝廷の安定を守りました。だからこそ、その国運は長く続き、短いものは五、六百年であり、長いものは千年近く続きました。」 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(4-247)

…職にしました。私が思うに、今は官員の品級を徹底的に合併し、同じ品級の者が短期間で移転しないようにするべきです。また、規則以外の評議制度を簡易化して、使用期間や出来の悪い者の降格などについての規定を明らかにすべきです。このようにすれば、人は適材適所に働けて、制度は明らかになり、士人もその才能に見合う爵位を受けられます。ある職位に長くいれば、積み重ねた業績で評価できます。官員たちが安心して働けたら、自ずと責任感をもって仕事を全うしましょう。」 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(4-246)

…に発遣されると郡守になり、京に戻れば三公の地位になれるものでした。虞延、第五倫、桓虞、鮑昱らがそうでした。近世の魏で著名な郡守であった杜畿、滿寵、田豫、胡質らも郡守として十余年から二十年ほど勤めており、二千石ほどの俸禄を貰う者もいました。皇上は節杖を与えはしても、彼らを州郡から出しはしなかったが、これも古人の大義を体現したものです。『ある仕事をするのに長けていれば、たとえ一生その仕事しかしなくても、その官職から離れることはありません』。」 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(4-245)

…王,增廣見聞是為了成就大業,學習古人的教誨才會有所收穫)。做事不師法古人,而能使國家長治久安,我傅說沒有聽說過(做事情不能遵循古人的教導,而能夠做得長久的,這種事從來沒有聽說過啊)。」 【日本語訳】こうも言われました。「君主が見聞を広めたいのは、功績と事業を打ち立てたいがためであり、古人の教えを真面目に勉強すれば、収穫を得られます。物事を行う時に個人に見習わずに、国の政事を治めて長らく安定でいられたものは、未だに聞いたことはありません。」 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(3-268)

…啟發後人,警惕來世,總比那些至死還不覺悟的人強得多了。 【日本語訳】かつて曾子は言われました。「人が亡くなろうとしている時、その言葉でさえも善意に満ちています。」楚の恭王はまさにそうでした。孔子も言われました。「もしある者が朝のうちに仁道を聞いたのならば、たとえその夜に亡くなっても、もう後悔はないでしょう。」楚の恭王のやり方は、来世のことについて警戒するように後世の人たちを啓発できます。死ぬまでも覚悟できない者たちより遥かに良かったです。 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(3-267)

…います。得失は一時のことにすぎないが、光栄や羞恥は千年も伝えられてしまいます。善良な者は励まされ、悪事を働く者は畏怖するようになります。そのために、先代の帝王は史書の編纂を重視していました。史書と奨励や懲罰を併せて、法制による教化を補助します。今の社会にも適応できるように、各官僚の部門はこの方法を踏襲してもいいです。それぞれのことを記録し、年末は『尚書』に集まります。各部門は自分の史官を擁して、それぞれの典籍の官吏を任せることもできます。 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(3-266)

…としての誠意と敬意からなる徳性は日に日に増すばかりです。湯王は自分には厳しく、人には寛大に接していて、天には恭しく敬意のある態度でいました。そのために、天下の人々の模範になれるように、天下を治める者として天から遣わされました。湯王は無理して勝ことを好まず、成功を急ぐこともしません。また、我が強くて暴虐を振るうことがなければ、困難に耐えられない程の軟弱者でもありません。その執政は至って温和にして寛大であったから、これほどの盛世が見られます。 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(3-265)

…するべきです。個人の好き嫌いで公正を損なってはいけません。民の嫌うことを理解して、自分を戒めなさい。黄帝は明台の議政制度を設立し、堯帝は衢室という民のための相談制度を設けました。舜帝は人々が諫言を進呈するのを奨励する旌旗を設け、夏朝の禹は朝廷に諫言の鼓を設置しました。また、商朝の湯は民の批評と意見を知るために、往来の大道のそばに亭舎を作りました。これらこそ昔の聖君や賢明な帝王が天下を擁して失わずに、権力を手に入れて失わなかった方法です。」 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(2-278)

278.五德以時合散,以為民紀,古之道也。(卷三十三 司馬法) 【白話】將五德(此指仁、義、勇、智、信)適時地付諸教育,作為人民行為的準則,這是自古以來的法則。 【日本語訳】適時に五徳(ここでは、仁、義、勇、智、信と称します)を教育に移して、人民行為の準則にします。これは昔からの法則です。 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(2-277)

…屋室を堊しなくて、甍桷椽楹を斲らなくて、茅茨は庭に遍くても斬らなくて、服と靴が古ぼけなければ変えなくて、珍味佳肴が多ければ食べなくて、役作のためで百姓の耕織の時遅らせなくて、私心を削って、欲望を制約して、無為の治に力を注ぎました。堯帝は自ら日常生活が大変貧しいです、労役と税金の徴発もとてもすくなくて、したがって、天下万民が冨足安楽で飢寒の顔付はしませんでした。百姓はその君主を日月と同じように捧げて、その君主を父母と同じように親しみました。 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(2-276)

…因此,只有有仁德的人才能居於高位,如果沒有仁德而又居於高位,這樣就會把他的禍害傳播到民眾身上。 【日本語訳】故に「高みに登るためには必ず丘陵に行かなくてはなりません。低く下るためには必ず沢づたいに行かなくてはなりません。政治をするのに古の王の道をたどらないで、それで智者と言えますでしょうか。」と言われるのであります。したがって、仁者だけが高位にいなくてはなりません。不仁の者が高位にいるならば、それは害悪の種を人々にばら撒くようなものです。 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(1-251)

…還要通過人事加以檢驗,從而了解興盛衰亡的規律,審慎權衡與之相適應的形勢,取捨有條理,並順應時代制定相應策略,因此歷時長久而國家安定。 【日本語訳】諺に曰く、「昔の経験を忘れずにいるのは、今後の教訓にするためです」そのために、君子は国を治める時、古の歴史を考察します。そして、今の情勢と照らし合わせながら、人と物事など多方面のことを参考にして、合理的な取捨選択を経た末、最も時代に相応しい政略を制定します。だからこそ、国は長く安定できるのです。 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古

群書治要三六〇(1-250)

250.學古入官,議事以制,政乃弗迷。(卷二 尚書) 【白話】學習古訓才可以做官治理政務,根據古代的典章制度議論政事,政治就不會迷惑錯誤。 【日本語訳】昔の教訓を学んでこそ、官員として政務を執り行うことができます。昔の典章と制度で政事を議論すれば、政事は惑わされずに迷えません。 >> 群書治要三六〇 #為政 #法古